美空ひばりと山口組の関係がヤバイ?死因や息子の現在についても!


昭和を代表するスターとして一斉を風靡した歌手の美空ひばりさん。

そんな美空ひばりさんですが検索すると関連ワードに「死因 山口組 梅毒」と表示され真相について気になるところ。

さらに養子として迎えた息子、加藤和也さんの現在についても気になります。

そこで今回は美空ひばりさんと山口組の関係や養子である息子、加藤和也さんの現在について調べてみました!

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美空ひばりのプロフィール

引用:https://eiga.com/movie/78667/gallery/

名前:美空ひばり (みそら ひばり)
愛称:御嬢
生年月日:1937年5月29日
没年齢:52歳
血液型:不明
出身地:神奈川県横浜市磯子区滝頭
身長:147㎝
出身高校:精華学園高等部
職業:歌手、女優
活動期間:1947年〜1989年
所属事務所:ひばりプロダクション

死因に山口組は関係なし!

最初にも説明したように美空ひばりさんについて検索すると「死因 山口組」と表示されますが一体どういう事なのか。

この件について調査したところ美空ひばりさんの死因については突発性間質性肺炎と公表されており、山口組は死因に関係していなかったようです。

 

また、一部では梅毒が死因なのではないかという噂もありますが完全なデマです。

おそらく美空ひばりさんと山口組に繋がりがあったことで死因に関係しているのではないかと推測されたのかもしれません。

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山口組との関係が凄い!

美空ひばりさんが活躍していた昭和時代には芸能人が地方巡業を行う時、必ずその土地の暴力団に挨拶に行かなければいけないという暗黙のルールがあったそうです。

挨拶に行かなければ公演を妨害されたり激しい嫌がらせを受けるといった妨害行為が実際にあったと言われています。

 

当時、関西を山口組が仕切っていたため、美空ひばりさんは関西巡業の際には山口組に挨拶に行っていたとのこと。

11歳だった美空ひばりさんは母親と共に山口組三代目組長、田岡一雄氏の元へ挨拶に行き物怖じしない姿で堂々と挨拶。

出典:http://takabeya.com

田岡一雄は美空ひばりのオーラと無限の可能性を感じ、歌を歌うように要求し戦前に大ヒットした藤山一郎さんの「影を慕いて」を見事な歌唱力で歌いました。

これに感激した田岡一雄は「彼女を生涯にわたって守ろう」と固く誓ったそうです。

 

昭和32年に美空ひばりさんがファンの少女から顔に塩酸をかけられる事件が起きたのをきっかけに、田岡一雄から庇護してもらうようになり「神戸のおじさん」「御嬢」と呼び合うなど家族ぐるみの付き合いに。

田岡一雄は1958年に「神戸芸能社」という会社を立ち上げ、美空ひばりさんはこの事務所に移籍し専属歌手として活動。

 

その後、美空ひばりさんは自分を社長として「ひばりプロダクション」を設立されていますが神戸芸能社の傘下という形で作られていたそうです。

また、美空ひばりさんの実の弟、かとう哲也さんが山口組の組員になるなど、とても親密な関係だったと言えます。

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息子・加藤和也の現在は?

息子である加藤和也さんは養子であり美空ひばりさんが弟のかとう哲也さんの息子を養子として迎い入れています。

なので血縁上では美空ひばりさんの甥っ子という形になります。

 

7歳で美空ひばりさんと養子縁組をした加藤和也さんは溺愛されていましたが実父の他界を機に、荒れた生活を送っていたようです。

明治大学付属中野高等学校を停学後、16歳の若さでひばりプロダクションの副社長に就任し、翌年に社長に昇格。

 

その後、マネーの虎に出演し、利益の見通しがない起業家に出資するなど話題となり、出資を受けた起業家はパスタ屋を開き、4店舗チェーンを展開するほどの大成功。

 

加藤和也さんは現在、美空ひばりさんに関する事業や権利の管理を手掛けており、ひばりファンの為に企画や運営、記念館、そして「ひばりカフェ」という飲食店を展開。

その他にも複数のカフェや会社を経営しているそうです。

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