となりのトトロ都市伝説!狭山事件がモデルはデマ?真実や真相がヤバかった!


1988年に映画「火垂るの墓」と同時に公開された「となりのトトロ」ですがネット上では都市伝説が話題となっています。

検索すると関連ワードに「狭山事件」と表示されデマの可能性や真実について非常に気になるところです。

そこで今回はとなりのトトロと狭山事件の関係やデマと言われる理由、真実について詳しく調べてみました!

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狭山事件がモデルなの?

となりのトトロが公開された当時は明るい映画だと認知されていましたが後に狭山事件がモデルなのではないかといった都市伝説が流れて話題となっています。

狭山事件とは1963年5月1日に少女が行方不明になり犯人から脅迫状が送られ警察が懸命な捜査を続けるも、4日にバラバラにされた遺体が発見されるという悲惨な事件です。

ここで、となりのトトロと狭山事件の一致する内容をまとめてみました!

トトロと狭山事件の舞台が同じだった!

モデル説がある狭山事件は埼玉県狭山市で起こった事件ですがメイとサツキのおかあさんが入院していた病院に関係していると言われています。

情報によると、おかあさんが入院していた七国山病院は狭山丘陵にあった八国山病院がモデルではないかとされているようです。

トトロの由来は「所沢」や「所沢の隣」とも言われておりサツキやメイが暮らしていた松郷は所沢市に実在するんだとか。

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事件と設定がソックリ?

数年前からメイとサツキは劇中に死んでいる事や途中から影が消えているといった説が話題になっていましたが狭山事件にも似たような設定があるようです。

狭山事件での被害者は末っ子の妹で母親は既に他界されており家にはいません。

一方でトトロでは母親は生きていますが入院しているため家にはいませんでした。

家にいないという点に関しては一致しており一部ではおかあさんが病死して1人残されたお父さんが自分が理想としていた生活を物語として書いていたのでは?という説も。

その他にも劇中では注目すべき点がいくつか存在し狭山事件との関係性が非常に強いとされているようです。

サツキとメイの由来は?

物語に登場する姉妹のサツキとメイですがネット上では狭山事件の日にちと一致しすぎていると噂になっているようです。

狭山事件は1963年5月1日に少女が行方不明になり5月4日に遺体が発見されました。

宮崎駿監督はこの事件に思い入れがある事でサツキとメイという名前にしたのではないかと噂されています。

サツキとメイの名前は共に「5月」という意味があり数ある名前の中で両方の名前を5月にしているのは明らかに何らかの意図があると思われているようです。

狭山事件で逮捕された犯人は容疑を否定していましたが部落出身であることから起訴

これが部落差別だと大胆に取り上げられたことにより有名な事件となりました。

これにより部落差別による冤罪事件だと問題になったため左翼運動を行っていた宮崎駿監督には思い入れがあったのではないかと推測されているそうです。

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